局所麻酔下の鼠径ヘルニアの修復手術のテクニックや全身麻酔との比較

鼠径ヘルニア 局所麻酔外科

鼠径ヘルニア修復術の麻酔には、以下の3種類がある。

(1)全身麻酔、(2)硬膜外麻酔または脊髄くも膜下麻酔(腰椎麻酔)、(3)局所麻酔(±鎮静)である。

現在、鼠径ヘルニア手術の前方アプローチによる手術の場合、局所麻酔で手術することが一般化している。

そのため、局所麻酔による鼠径ヘルニアの修復術に精通しておく必要がある。

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局所麻酔のメリットとデメリット

腰椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)や全身麻酔と比較した局所麻酔のメリットとデメリットについて。

メリット

  • 全身麻酔のリスクが高い患者に対して安全に鎮痛できる
  • 患者に意識がある
  • 手術中に患者に咳をしてもらうことで、修復がうまくいったか確認できる
  • 術後の排尿障害が少ない
  • 術後の早期離床が可能なため、深部静脈血栓症のリスクが低減できる
  • 誤嚥の危険性が少ない
  • 無気肺になりにくいので、換気が良好
  • 腰椎麻酔に起こり得るような、腰痛や下肢の神経痛・しびれなどの感覚障害、下肢の運動麻痺、尿閉や尿・便失禁、性機能障害などが少ない
  • 腰椎麻酔に起こり得る髄液漏からの頭痛のリスクがない
  • 術後、数時間の鎮痛効果持続が得られる
  • 手術室滞在時間が短い

デメリット

  • 患者による不意の体動の危険がある
  • 自身で安静が保てないような、精神疾患・神経疾患・幼児などには実施困難
  • 手術中に万一なにかのトラブルが起こった場合に柔軟な対応がしづらい(開腹や腸管切除ができない)
  • 局所麻酔薬の過量投与による中毒のリスクがある
  • 局所麻酔薬によるアレルギーのリスクがある
  • 巨大なヘルニアの場合には患者のストレスが大きい
  • 手技に精通していないと、術中に痛みを与えることがある

全身麻酔のリスクが高いと判断される場合,腰椎穿刺や血圧低下等が問題となり得る場合などにおいても局所麻酔下でのヘルニア根治術は施行可能である.また馬尾症候群や低髄圧症候群を避けたい場合にも局所麻酔下での手術施行は有用である.

全身麻酔のような手術前の食事制限が不要であったり、術中に尿道カテーテルを挿入することが不要になるのは患者にとってストレスが少ない。

閉創前に局所に麻酔薬を浸潤させたり、腸骨鼠径神経や腸骨下腹神経をブロックしておくことで、術後数時間の鎮痛持続効果があるとされる。

全身麻酔や腰椎麻酔後に認められる排尿障害は、局所麻酔では有意に少ないというデータもある。

麻酔の導入や覚醒にかかる時間が非常に短く、手術時間は大差ないため、手術室在室時間が短い。

術中の疼痛は患者にとって最大の不満となる。8.5%の患者が術中に痛みを経験したことが示されている。

局所麻酔薬中毒

局所麻酔を扱うにあたり、局所麻酔薬中毒は必須の知識である。

局所に浸潤させた麻酔薬は少しずつだが吸収されるため、過量に投与すると中毒を起こす。

主な症状は中枢神経症状(初期には不穏などの興奮系の症状が出やすく、進行すると傾眠などの抑制系の症状が顕在化することが多い)である。ただし、その症状なく突然呼吸停止や循環不全などの重篤な症状が出現することがあり得る。

局所麻酔薬中毒を避けるために心がけることは、

  • 必要最低限の使用に止める
  • 薄めて使う
  • 局所麻酔薬中毒の可能性を常に考慮し、疑い検討する姿勢を忘れない

ということに尽きる。

不幸にも局所麻酔薬中毒が起こった場合には、必要に応じて呼吸や循環のサポートを行いつつ、脂肪乳剤(イントラリポス®︎、イントラリピッド®︎、イントラファット®︎など)による吸着を緊急で行う。

使用薬剤

局所麻酔薬として、Lidocaine(キシロカイン®︎)、 Bupivacaine(マーカイン®︎)、Levobupivacaine(ポプスカイン®︎)Ropivacaine(アナペイン®︎)などが利用されている。

鎮痛効果が早期に得られるため、一般的に手術現場では1%キシロカインが使用されることが多い。

また、作用時間の延長を狙って、エピネフリンを添加したり、他の作用時間の長い麻酔薬を使用することが一般的である。

鎮痛効果発現まで1分程度かかるため、痛むと予想される部位には先回りして局所麻酔薬を浸潤させておくことが重要である。キシロカインの使用の上限量は3-5mg/kgと言われている。ということで、キシロカインの使用は、一般的に配備されている1%10ccのポリアンプであれば、体重50kgの人で 2本までにとどめておくよう心がける。

ただ、20ccだけでは途中で足りなくなることが少なくないので、生理食塩水で2〜4倍(0.5〜0.25%)程度に薄めて利用するのが良い(あまりに薄めると、局所麻酔薬中毒の心配は低減されるが、作用発現まで時間がかかる印象がある)。

(個人的な意見だが、自分は、鎮痛効果の延長・止血効果の向上・局所麻酔薬中毒のリスク低減などを狙って、エピネフリン入りの0.5%キシロカインを2倍に希釈(=0.25%)して手術している。これを大体20ccほど使えばほとんどの症例は手術可能である。)

その他、キシロカインにマーカインやポプスカインなどの作用時間の長い薬剤を混ぜたり、TLAというかなり希釈した麻酔薬を利用する方法もよく利用されている。

さらに適宜鎮静剤を使用すると便利である。ミダゾラムが一般的だったが、血圧低下や呼吸抑制が懸念事項であった。また、たまに脱抑制で手術進行がかえって妨げられることもあった。近年はDexmedetomidine(プレセデックス®︎)が利用可能となり、選択肢が増えた。

成人には、デクスメデトミジンを6μg/kg/時の投与速度で10分間静脈内へ持続注入し(初期負荷投与)、続いて患者の状態に合わせて、至適鎮静レベルが得られる様、維持量として0.2〜0.7μg/kg/時の範囲で持続注入する(維持投与)。また、維持投与から開始することもできる。自分のプレセデックス使用法は以下の通り。200μg /50mlの組成で用いる。手洗い前くらいから、初期負荷投与として、1ml /kg・h(体重50kgなら50ml /h = 4μg/kg/時)で10分間投与し、その後、維持投与として0.1ml /kg・h(体重50kgなら5ml /h = 0.4μg/kg/時)で投与。メッシュ留置直前くらいに投与終了している。

鎮静は、完全に寝かす必要はないので、ウトウトする程度にするのがポイントである。

注意点

患者に少しでも苦痛なく手術を受けてもらうためには2つの注意事項がある。

まず、力任せの手術操作をしないこと。

手指を利用してグリグリと剥がしたり、精索を無理やり強く引き上げたりすると痛がる。とにかく優しく優しく手術するよう心がける。

もうひとつは麻酔が効いているところだけに操作を加えること。前述の通り、キシロカインでさえ効果が出るまでに1分かかる。つまり、操作を加えるまで最低でも1分待つことが重要である。とくに、鼠径管を開放するまでは、スカルパ筋膜や外腹斜筋腱膜などの厚い膜で麻酔の浸潤が妨げられる。それらより下に先回りして麻酔しておきつつ、ゆっくりと切開を深くしていくことがコツである。

種類

本邦で施行されている局所麻酔法には

  • 神経伝達ブロック法
  • ステップ・バイ・ステップ法
  • 膨潤局所麻酔法

の3種類がある。

膨潤局所麻酔法(tumescent local anesthesia:TLA)とは微量のエピネフリンを添加し、0.1%前後まで希釈した局所麻酔薬を、大量に注入し浸潤させる局所麻酔法である。止血効果や剥離効果に優れているとされる。何度か実施してみて、確かにその通りのメリットがあると実感できた。ただ、鎮痛効果発現までやや時間がかかるのと、精索が水浸しになって剥離層が分かりにくくなる印象を持ったので、自分は最近は使用していない。

鼠径ヘルニア 局所麻酔

鼠径ヘルニア 局所麻酔

鼠径ヘルニア 局所麻酔

鼠径ヘルニアの神経伝達ブロックとしては、Th12からの枝である「腸骨下腹神経、腸骨鼠径神経、陰部大腿神経」をターゲットとして、超音波ガイド下腹横筋膜面ブロックや、片側傍椎体ブロックなどがある。

以下では、1994年にAmidにより報告された、ステップバイステップ法を紹介する。

ステップ・バイ・ステップ法の具体的な手術テクニック

局所麻酔薬の注入量は、外腹斜筋の腱膜に到達するまでは毎回5-6mlを使用する。その後は0.5-1.0 ml ずつの少量の注入の反復で十分である。適切に構造物の間隙に注入されると、局所麻酔薬は十分に拡がる。

浅腹壁静脈の切離や、精索の牽引操作に際し疼痛が生じるので十分に麻酔を効かせておく

 

1.浅い皮下注射

約5mlの局所麻酔薬を、切開部位の皮膚表面とその直下の皮下組織に注入する。

ここは25ゲージの細い針を使用する。

血管内に注入すると危険なので、注入中は常に針を動かすようにする。

このステップは、皮下神経終末をブロックし、次の皮内注射の不快感を軽減させるために実施する。

2.皮内注射

上記の皮下浸潤の注入の際に、そのまま針を抜かずに皮内注射する。

切開予定部のラインに沿って、局所麻酔薬約3mLを『非常にゆっくりと(←ポイント!)』皮内に注入する。下図の左。

鼠径ヘルニア 局所麻酔

3.深い皮下注射

針を切開予定部から垂直に挿入し、10mlの局所麻酔薬を、皮下脂肪組織に注入する。下図の右。

ここでは、Scarpa筋膜より下に注入する必要があるのだが、深さが難しい。そのため、一気に盲目的に10ml注入するよりは、Scarpa筋膜が見える直前くらいまで少しずつ切開し、それが見えた頃に、Scarpa筋膜下に10mlを注入することをお勧めする。

ここでも血管内への注入のリスクを減らすために、針先を動かしながら注射すること。

鼠径ヘルニア 局所麻酔

4.筋膜下(鼠径管内)注射

局所麻酔薬の約8~10mLを、外腹斜筋の腱膜のすぐ下に注入する。下図。

鼠径ヘルニア 局所麻酔

鼠径ヘルニアの大家であるPonkaによると、下図のような部位に少量ずつ分割して外腹斜筋腱膜下へ注入するのが良いとのこと。

鼠径ヘルニア 局所麻酔

この鼠径管内への麻酔には、鎮痛はもちろん、腱膜下の剥離の効果もある。外腹斜筋腱膜を切開した時に神経を損傷するリスクを低減できる。

ちなみに、外腹斜筋腱膜の切開は、通電により内腹斜筋の収縮が惹起され、不快感が出現するため、電気メスの使用は避けるべきである。

5.恥骨結節とヘルニア嚢への注射

場合によっては、完全な局所麻酔を達成するために、0.5〜1mlの局所麻酔薬を、恥骨結節と、内鼠径輪レベルのヘルニア嚢に追加する必要がある。

まず、精索をトンネリングして挙上できたら、内鼠径輪周囲に少量の局所麻酔薬を数カ所注射する。下図。深く刺すと下腹壁血管があるので浅く刺すこと。

鼠径ヘルニア 局所麻酔

さらに恥骨結節(≒この場合はCooper靭帯近辺)にも数カ所局所麻酔薬を少量ずつ注射する。下図。

鼠径ヘルニア 局所麻酔

最後に、ヘルニア嚢を開放したら、ヘルニア嚢の高位結紮や切離による痛みを低減するために内鼠径輪レベルで腹膜に局所麻酔薬を少量ずつ注入する。下図。

鼠径ヘルニア 局所麻酔

6.閉創前の注入

局所麻酔効果をさらに延長させるに皮下に局所麻酔薬を少量散布しておくことが推奨される。

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