この記事では、
こんな疑問に答えます。
はじめに結論のまとめです。
局所麻酔下の鼠径ヘルニア修復術は、きちんとやれば医師も患者さんもめちゃくちゃ楽です。
反面、麻酔が下手くそすぎて、患者さんが可哀想なケースも見たことがあります。
あなたはそんなことがないように、ぜひ最後まで読んで、良いオペをして下さい!
鼠径ヘルニア修復術の麻酔には、以下の3種類があります。
- 全身麻酔
- 硬膜外麻酔 or 脊髄くも膜下麻酔(いわゆる腰椎麻酔)(±鎮静)
- 局所麻酔(±鎮静)
鼠径ヘルニア手術の前方アプローチによる手術の場合、局所麻酔で手術することが一般化しています。
そのため、局所麻酔による鼠径ヘルニアの修復術に精通しておく必要があります。
局所麻酔下の鼠径ヘルニア手術での注意点
患者さんに少しでも苦痛なく手術を受けてもらうために、以下の2つのことに注意して下さい。
- 力任せの操作をしない
- 麻酔が効いていないところを操作しない
まず、ひとつ目の注意点は、力任せの手術操作をしないことです。
手指を利用してグリグリと無理やり剥がしたり、精索をグーっと強く引き上げたりすると痛がります。
とにかく優しくエレガントに手術するよう心がけましょう。
もうひとつの注意点は、麻酔が効いているところだけに操作を加えることです。
効果発現が早いキシロカインでさえ効果が出るまでに1分かかります。
つまり、麻酔を注入してから操作を加えるまで最低でも1分待たなければいけないということです。
とくに、鼠径管を開放するまでは、スカルパ筋膜や外腹斜筋腱膜などの厚い膜で、それらより深層の麻酔の浸潤が妨げられます。
鼠径管を開放するまでは、硬い膜より下に、先回りして麻酔しておきつつ、広く浅くゆっくりと切開を深くしていくと良いですよ。
局所麻酔下の鼠径ヘルニア手術の麻酔方法
本邦で施行されている局所麻酔法には
- 神経伝達ブロック法
- ステップ・バイ・ステップ法
- 膨潤局所麻酔法
の3種類があります。
鼠径ヘルニアの神経伝達ブロック
Th12からの枝である下の3つの枝がターゲットです。
- 腸骨下腹神経 ilio-hypogastric nerve
- 腸骨鼠径神経 ilio-inguinal nerve
- 陰部大腿神経 genito-femoral nerve
これらの神経をブロックするには、超音波ガイド下腹横筋膜面ブロックや、片側傍椎体ブロックなどの方法があります。
腰椎穿刺くらいの手間と時間がかかるので、自分はやってません。
術野の麻酔だけでも、鎮痛効果は大差ない印象です。
ステップ・バイ・ステップ法の具体的な手術テクニック
皮下注入
まずは皮膚切開の前に切開予定部を麻酔します。
25ゲージ針を皮膚表面と平行になるまで寝かせます。
真皮のすぐ下に針を刺入し、約5mlの麻酔液を切開部の直下に注入しましょう。
血管内に注入しないように、針先を動かしながら注入するようにして下さい。
ここは患者さんが痛みで動く可能性があるので気をつけます。
十分に声をかけるなどして、患者さんの不安を和らげて下さい。
皮下の麻酔により、皮下の神経終末部がブロックされ、後の皮内注射のストレスが軽減されます。
(皮下に注射したら、そのまま針先は抜かずにキープします)
皮内注入(皮膚膨疹の作成)
皮下に注射し終わったら、そのまま針を皮内まで引きます。
切開予定部の皮内に、麻酔液約3mLをゆ〜っくりと注入します。
切開予定部の全体に軽く膨疹ができればOKです。
皮下深部注入
麻酔液10mlを皮下脂肪組織の深部まで注射します。
針(皮膚表面から垂直に)を2cm間隔で垂直に刺入します。
Scarpa筋膜より浅い層に麻酔をしておきましょう。
(深さのイメージが掴めないうちは、安全のためScarpa筋膜より浅い層だけでOKです。)
Scarpa筋膜下への注入
ここまでやったら皮膚を切開しましょう。
もちろん、切開前には針で突いたりして、痛みがないことを確認して下さいね。
痛みがなさそうか、患者さんの様子を感じながら徐々に深層へと進みます。
白っぽくて光沢のあるScarpa筋膜が少し見えてきたら、その直下に麻酔していきます。
Scarpa筋膜を電気メスで切る時に痛がられることがとくに多いので早めに麻酔しておきましょう。
外側よりも内側(=恥骨側)の鎮痛が甘くなりやすいので、きっちり内側まで麻酔を入れて下さい。
Scarpa筋膜を切開したら、外腹斜筋腱膜を露出していきます。
ここはストマ造設の要領で、ペアン外腹斜筋腱膜に当てて鈍的剥離をしておくと速くて正確です。
鼠径管内への注入
完全に外腹斜筋腱膜が露出できたら、鼠径管内を麻酔します。
麻酔液約8~10mLを、外腹斜筋腱膜の直下に注入します。
これにより、鼠径管が麻酔液で少し膨れる感じが見えると思います。
ここで、鼠径管内の3つの主要な神経が全て麻酔されます。
さらに、外腹斜角筋腱膜と、その下にある腸骨鼠径神経との間が剥離されます。
これによって、外腹斜角筋を切開する際に神経を損傷する可能性を低くすることができます。
恥骨結節とヘルニア嚢の内部への注射
鼠径管を開放し、精索を鼠径靭帯から剥離します。
精索をトンネリングして挙上できたら、内鼠径輪レベルで、少量の局所麻酔薬を精索周囲に注射しておくと良いです。
精索内からヘルニア嚢を剥離する時の不快感が和らげられます。
精索を挙上したら、背側に横筋筋膜が見えるので、ここで横筋筋膜下に麻酔します。
Cooper靭帯辺りを狙います。
これでメッシュの固定などによる痛みが緩和されます。
後壁側で出血すると厄介なので、絶対に深く刺さないようにしましょう。
Lichtensteinなら少量でも大丈夫ですが、PHSなどの場合は多めに麻酔液を入れておくと、液体により剥離されるので後が楽です。
最後に、ヘルニア嚢を開放したら、ヘルニア嚢の牽引や高位結紮や切離による痛みを低減するために内鼠径輪レベルで腹膜に局所麻酔薬を少量ずつ注入します。
ヘルニア嚢周囲の組織も、指を下敷きにして麻酔しておくと優しいです。
閉創前の麻酔液散布
ヘルニア嚢を処理して、メッシュを敷くなどして後壁を補強したら閉創に向かいます。
局所の鎮痛効果をさらに延長するために、『外腹斜筋腱膜下』および『皮膚閉鎖前の皮下腔』に散布します。
鼠径ヘルニア修復術における局所麻酔のメリットとデメリット
腰椎麻酔(脊髄くも膜下麻酔)や全身麻酔と比較した局所麻酔のメリットとデメリットについてまずはみていきたいと思います。
(局麻の具体的なやり方は後述するので少々お付き合い下さい)
局所麻酔のメリット
- 全身麻酔のリスクが高い患者さんでも比較的安全
- 手術中に患者に咳などで腹圧をかけてもらうことで、ヘルニア の修復がうまくいったか確認できる
- 術後の排尿障害が少ない
- 術後の早期離床が可能
- 誤嚥の危険性が少ない
- 無気肺になりにくい
- 腰椎麻酔で起こり得るような、腰痛や下肢の神経痛・しびれなどの感覚障害、下肢の運動麻痺、尿閉や尿・便失禁、性機能障害などが少ない
- 腰椎麻酔に起こり得る髄液漏からの頭痛のリスクがない
- 術後数時間にわたって鎮痛効果が持続する
- 手術室滞在時間が短い
- 麻酔科やオペナースの人的コストを削減できる
- 術前の絶飲食が不要
局所麻酔のデメリット
- 患者による不意の体動の危険がある
- 自身で安静が保てない患者さん(精神疾患・神経疾患・幼児など)には実施困難
- 手術中に万一なにかのトラブルが起こった場合に柔軟な対応がしづらい(開腹や腸管切除ができない)
- 局所麻酔薬の過量投与による中毒のリスクがある
- 局所麻酔薬によるアレルギーのリスクがある
- 巨大なヘルニアの場合には患者さんのストレスが大きい
- 手技に精通していないと、術中に痛みを与えることがある
- レジデントにオペしてもらう時に指導しにくい
局所麻酔薬中毒
局所麻酔を扱うにあたり、局所麻酔薬中毒はについては必ず知っておくべきです。
局所に浸潤させた麻酔薬が少しずつ吸収されるため、過量に投与すると中毒を起こす。
主な症状は中枢神経症状(初期には不穏などの興奮系の症状が出やすく、進行すると傾眠などの抑制系の症状が顕在化することが多い)です。
ただし、そのような前駆症状がみられずに、突然呼吸停止や循環不全などの重篤な症状が出現することもありえます。
局所麻酔薬中毒を避けるために心がけることは、
- 必要最低限の使用に止める
- 薄めて使う
- 局所麻酔薬中毒の可能性を常に考慮し、疑い検討する姿勢を忘れない
ということに尽きると思います。
不幸にも局所麻酔薬中毒が起こった場合には、脂肪乳剤(イントラリポス®︎、イントラリピッド®︎、イントラファット®︎など)による吸着を緊急で行いましょう。
もちろん、必要に応じて呼吸や循環のサポートを行うことも忘れないで下さい。
使用薬剤
鎮痛薬
局所麻酔薬として、
- Lidocaine(キシロカイン®︎)
- Bupivacaine(マーカイン®︎)
- Levobupivacaine(ポプスカイン®︎)
- Ropivacaine(アナペイン®︎)
などが利用されています。
鎮痛効果が早期に得られるため、一般的には1%キシロカインが使用されることが多いです。
また、作用時間の延長を狙って、エピネフリンを添加したり、他の作用時間の長い麻酔薬(ポプスカインなど)とカクテルして使用することもよくあります。
鎮痛効果発現まで1分程度かかるため、痛むと予想される部位には先回りして局所麻酔薬を浸潤させておくことが重要です。
リドカインLidocaine(キシロカイン®︎)の投与量・使用法
キシロカインの使用の上限量は3-5mg/kgと言われています。
一般的に病院に配備されている1%製剤10ccのポリアンプであれば、1本に100mgのリドカイン塩酸塩(無水物)が含まれています。
ということで、キシロカインの使用量は、体重50kgの人で 2本(200mg)までにとどめておくよう心がける必要があります。
※添付文書にも、浸潤麻酔には、10~200mg(1%製剤であれば、1〜20ml)の範囲で使用するように記載されているので厳守!
ただ、20ccだけでは途中で足りなくなることが少なくないので、生理食塩水で2〜4倍(0.5〜0.25%)程度に薄めて利用するのが良いと思います。
自分は0.25%の濃度になるように、0.5%キシロカインと同量の生理食塩水で2倍に希釈して使っていました。
これを20cc(リドカイン50mg相当)ほど使えば滅多に困りません。
これくらいの量であれば、両側鼠径ヘルニアでも十分対応できます。
0.25%キシロカインの弱点としては、濃度が薄いせいか、鎮痛効果が最大化されるまで時間がかかる(ような気がする)ことです。
常に先回りして麻酔するので途中からはあまり困りませんが、最初の皮膚切開だけはよく待ってから行います。
そのため、麻酔注入後、2〜3分ほど待ちます。
(ついでに注入時にしみないように、なるべくキシロカインをゆっくり注射してあげると、患者さんに優しい時間稼ぎになりますよ)
膨潤局所麻酔(tumescent local anesthesia:TLA)
TLA(膨潤局所麻酔)という、0.1%相当まで、かなり希釈した麻酔薬を大量に注入して、組織を膨潤させる麻酔方法もよく利用されています。
(TLA麻酔と呼ばれることもありますが、anesthesiaが麻酔という意味なので、意味が重複しています。ただし、この記事内では、SEOの都合上TLA麻酔という言葉も使わせていただきます。)
組織を膨潤させることにより、
- 液体によって組織間が安全に剥離できる
- 層と層との間に距離ができて、安全マージンが増す
というメリットがTLA麻酔にはあります。
TLA 麻酔液の組成と作り方は以下の通りです。
- 生理食塩水 430cc
- 10 万倍エピネフリン 含有 1%キシロカイン(Ⅰ%E入りキシロカイン) 50cc
- 7%炭酸水素ナトリウム(メイロン®︎) 20cc
をカクテルして、500ccの0.1%の濃度となるTLA麻酔液を作成します。
ちなみに、自分は何度かTLA麻酔で鼠径ヘルニア修復術をやってみたことがありますが、組織がビチョビチョのブヨブヨになりすぎて、剥離が気持ち良くなかったので、あまり好きにはなれませんでした。
鎮静薬
鎮静薬を鎮痛薬と併用することは、局所麻酔による鼠径ヘルニアの修復術のコツのひとつです。
鎮痛薬には、痛みの閾値を上げる(=痛みを感じにくくする)という効果があります。
その結果、鎮痛薬の使用量を減らすことができます。
デクスメデトミジン/Dexmedetomidine(プレセデックス®︎)の投与量・使用法
今までは、ミダゾラム(ドルミカム®︎)が一般的でした。
しかし、ミダゾラムだと、血圧低下や呼吸抑制が心配で、高齢者には使いづらい印象がありました。
また、厄介なことに、たまに脱抑制でじっとできなくなって、手術進行がかえって妨げられることもありました。
そこでおすすめなのがデクスメデトミジン(DEX : Dexmedetomidine : プレセデックス®︎)です。
デックスとかプレセデなどと呼ばれます。
プレゼデックスの良いところは、呼吸抑制が起こらないことです。
これが本当に最高。
患者さんはスヤスヤと眠りながら手術を受けている感じになります。
ただし、キレが悪いのがデメリットです。
効きにくくて、覚めにくい。
そのため、使い方にはちょっとしたコツがあります。
まず添付文書上の基礎的な使い方は以下の通りです。
成人には、デクスメデトミジンを6μg/kg/時の投与速度で10分間静脈内へ持続注入し(初期負荷投与)、続いて患者の状態に合わせて、至適鎮静レベルが得られる様、維持量として0.2〜0.7μg/kg/時の範囲で持続注入する(維持投与)。
また、維持投与から開始することもできる。
ここからは実践編です。
ICUの先生に教えてもらったレシピを元にした自分のプレセデックスの投与量や投与法は以下の通りです。
患者さんがオペ室に入ったら、手術台に寝てもらうや否やすぐに初期負荷投与を開始します。
ここでも先回りがポイントですね。
添付文書通り、200μg /50mlの組成で、シリンジポンプ用いて投与します。
初期負荷投与の投与量は、『1ml /kg・h』です。
例えば体重50kgなら50ml /h ですね。
これで4μg/kg・hの投与速度となります。(添付文書の6μg/kg/時よりやや控えめなのが安心です)
あとは、そのまま10分間投与します。
必ずキッチンタイマーなど、アラームが鳴るタイマーを使用し、気がついたら10分を過ぎていたということがないようにしてください!
過量投与により循環抑制が起こります。
だいたい手洗いを終えて、手袋を着けるまでには初期負荷投与が終わっているかと思います。
その時点でGCS E2-3V5M6くらいの意識レベルまで鎮静できるかと思います。
10分の初期負荷投与後は、維持投与として0.1ml /kg・h(体重50kgなら5ml /h = 0.4μg/kg/時)に投与量を減らします。
これは添付文書通りです。
そのまま通常通りオペを進め、メッシュ留置直前くらいに投与終了しています。
すると、閉創した頃にはGCS E3-4V5M6くらいの意識レベルまで戻っているかと思います。
車椅子で病室に帰れるくらいですね。
鎮静は、完全に寝かす必要はないので、少しウトウトする程度にするのがポイントだと思います。
あとは、時折耳を澄ませて、徐脈になっていないかモニターの心拍音を確認しながらオペしましょう。
まとめ
麻酔も工夫次第で上達の余地がたくさんあります。
ぜひ工夫して素敵な手術をしてあげてくださいね!
筆者からのお願い
みなさんとのコミュニケーションが私のモチベーションです!
ぜひ気軽にコメントください。
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参考
https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/drug.medpeer.jp/package_inserts/1214400A7055.pdf
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1234473/
https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00066569