腹腔鏡(ラパロスコープ)での手術では、鏡視下で(スコープで撮影した映像を、モニターに映し、その画面を術者が目で見ながら)ほとんどの操作が行われます。
良いオペを行うには、良い視野を保つことが大切となり、スコピスト(カメラ持ち、カメラ助手)は、カメラワークに習熟し、術者の目として働くことが必要となります。
この記事では、
こんな悩みにお答えします。
はじめに結論のまとめです。
この記事を読めば、腹腔鏡のカメラ操作について、少なくとも知識面で悩むことがなくなり、カメラ助手としての上達が格段に速くなります。
カメラ操作が上手だと、上級医から可愛がられる確率が高まります。
すると…
研修医なら、外科ローテ中のQOLが断然向上する
シニアレジデントなら、執刀医や前立ちへの昇格が早まる
こんな楽しい未来に近づきます。
楽しい外科医ライフを送りたい方はぜひ最後まで読んでみて下さいね。
腹腔鏡のカメラの構造の概要
医師たるもの、何事もまずは解剖学です。
正しくカメラを使うためには、最低限のカメラの構造を知っておきましょう。
以下のポイントを押さえておきましょう。
スコープの先端にビデオカメラとライトが付いている
先端が自在に曲がる軟性鏡と、先端が曲がらない硬性鏡がある
硬性鏡には、カメラがスコープの軸に対して0°で付いている直視鏡と、30°で付いている斜視鏡がある
スコープの先端にビデオカメラとライトが付いている
腹腔鏡手術や胸腔鏡手術などの鏡視下手術で使用するカメラはビデオスコープと呼ばれるものです。
これは光ファイバーを用いたスコープの進化したものです。
かつての光ファイバーを束にしたスコープは、スコープの先端の映像を、光の反射を利用して、肉眼で直接除く形式でした。
現在の内視鏡は、先端にCCDと呼ばれる超小型カメラと光源となるライトを備えています。
この先端のビデオカメラにより、体内の様子が撮影され、そのデータはデジタル化されます。
そのデータは、適切なモニターを使えば高画質でリアルタイムで再生されます。
また、適切な媒体があれば、簡単に記録や再生ができます。
先端が自在に曲がる軟性鏡と、先端が曲がらない硬性鏡がある
カメラには、軟性鏡と硬性鏡があります。
さらに、硬性鏡の中には、カメラがスコープの軸に対して0°で付いている直視鏡と、30°で付いている斜視鏡があります。
軟性鏡は、複雑かつ狭い体内では非常に便利なため、使われる頻度が圧倒的に多いです。
斜視鏡は、胆嚢摘出術ではしばしば利用されます。
硬性鏡の直視鏡は腹腔鏡手術ではほとんど使われません。
軟性鏡は手元のレバーで先端の角度を自在に曲げられます。
軟性鏡のメリットは、先端が自在に曲がるため、対象物を正面視しやすいことです。また、屈曲する角度が大きいため、体内の奥深くでの撮影にも適しています。
軟性鏡のデメリットは、他の鉗子や臓器などと接触・干渉すると、先端があらぬ方向に曲がって、視野が術野からズレやすいことです。
一方、硬性鏡のメリットは、鉗子や臓器との接触・干渉に強いことです。
硬性鏡のデメリットは、カメラの視軸とスコープの軸との角度が固定されているため、視野の自由度が限られることです。
斜視鏡であれば、カメラの軸を捻ることである程度は視野角を調整できますが、軟性鏡に比べるとかなり限定的です。
腹腔鏡手術の視野を安定させるカメラの持ち方
両手で、釣竿のように軽く持つ
レバー操作は親指で行う
無駄な力を抜く
カメラポートとスコピストの手による2点でカメラを支える
(慣れれば片手でも操作できるのですが、初心者は基本に忠実に!)
雑巾を絞るように、左右の手をややずらし、手のひらを内側〜やや上側に向けます。
手の力は抜き、釣竿を持つようにカメラを乗せるように持ちます。
こうすると、親指はフリーになるはずです。
その空いた親指で、カメラ先端の角度を調節するレバーを動かしたり、ボタンを押したりします。
親指をフリーにしておかないと、レバーを操作した時にカメラ全体が動いてしまい、視野がブレる原因になります。
術者の邪魔になる場合を除いて、脇は自然に軽く閉めた状態で持ちます。
脇が空いている(肩関節外転45度以上)と、三角筋や僧帽筋の疲労が辛いです。
無駄な力が入ると、その分だけ手ブレが起こりやすくなります。
カメラの先端がブレないように、カメラのシャフト部分を、カメラ挿入用ポート(トロッカー)に乗せて、カメラの重さを預けておきます。
これで、スコピスト(カメラ持ち)の手とカメラ挿入用ポートの2点でカメラが支えられるため、安定します。
ラパロのカメラの基本操作
カメラワークの基本要素である、『パン、ティルト、ズーム』の操作法を覚えましょう。
カメラを挿入する
ズームイン、つまりカメラを対象に接近させる操作です。
視界が狭くなりますが、細かいところが見えやすくなります。
操作の指示として、近寄って、寄って、近づいて、接近、入れて、入って、近景、ミクロ、ズームインなどが用いられます。
これらの指示を受けたら、カメラを奥に挿入しましょう。
カメラを引き抜く
ズームアウト、つまりカメラを対象から遠ざける操作です。
視界が広くなりますが、細かいところは見えにくくなります。
操作コマンドは、抜いて、引いて、離れて、遠景、マクロ、ズームアウトなどです。
カメラの左右の移動
カメラを右や左にパンする操作です。
カメラを挿入しているトロッカーの部分は動かないので、例えば左を見る時は、手元は右に振る必要があります。
慣れるまでは『逆〜!』って突っ込まれることでしょう。
コマンドは、右、左など。
カメラの上下の移動
カメラを上や下にティルトする操作です。
水平移動と同様に、上を見たければ手元は下に下げる必要があります。(逆もまた然り)
コマンドは見上げ、見下ろし、上、下、煽り(アオリ)、俯瞰(ふかん)など。
カメラの水平の調整
ラパロのカメラにはジンバル機構が搭載されていないため、カメラ持ちであるスコピスト自身が、カメラの水平を維持しなければなりません。
常にアングルレバーが真上を向くように維持すればOKです。
もし水平が崩れたら、カメラ全体を回転させて、再びアングルレバーが真上に向くようにします。
アングルレバーによる先端の向き・角度の調整
軟性鏡(フレキシブルスコープ)には、アングルレバーが付いています。
左側が上下・右側が左右へとスコープ先端を動かすレバーです。
Uはup、Dはdown、Lはleft、Rはrightで、レバーを倒すと、先端がその方向に曲がります。
斜視鏡は、カメラの軸を捻ることで先端のカメラの向きを変えられます。
ラパロのカメラ操作(カメラワーク)のコツ
いよいよ本題。
カメラの操作のコツの説明です。
注意点は以下の9点です。
- 操作の対象を常に視野の中心に据える
- 適切な遠近感を保つ
- 視野の水平を保つ
- 曇りのない視野を保つ
- 焦点を合わせる
- ハレーションの防止
- coaxial viewに近づける
- 鉗子との干渉を避ける
- 術者と対話する
それぞれ詳しく解説します。
操作の対象を常に視野の中心に据える
見るべきものが見えていることは、当たり前ですが大切です。
カメラの操作は、カメラ全体を動かす「大きな操作」と、手元のアングルレバーで先端の角度を微調整する「小さな操作」の2つを組み合わせて行います。
まずはカメラ全体を動かす大きな操作で大まかな術野を捉えます。ステージが決まるイメージです。
そのステージに、役者となる術者と助手の鉗子が登場します。
いったん操作が始まったら、ステージを崩さないように、視野の激変は避けるべきです。
シーン毎に、主に動いている役者(通常は術者の右手鉗子)をメインに撮影していきます。
術者の微妙な前のめり具合と呼吸を感じつつ、操作が一息つくまでは、手元のレバーで微調整して追いかけます。
適切な遠近感を保つ
『適切な遠近感』の理解ができているかどうかが問題です。
ラパロでは、主に『遠景』と『近景』の2つの距離感があります。
遠景とは、カメラを限界ギリギリまで引いて、なるべく広く腹腔内を見せる視野です。
主に、術野展開や、何か(ガーゼや鉗子やマーキング部位など)を探すシーンで活用されます。
基本的にはとりあえず思いっきり引いて、あとは術者の指示に従います。
余裕のある場面が多いので、術者も的確に指示をくれることが多いです。
もし余裕があるならば…
慣れない術者が鉗子を見失っている時や、ガーゼなどの道具の出し入れの時に、適宜スッと遠景にしてアシストしてあげるとオシャレです。
一方、近景とは、操作対象になるべく近接して、精細な情報を得るための視野です。
主に剥離や切離など、繊細な操作を要するシーンで活用されます。
この近景は初心者にはかなり難しいと思います。
接近した方が精細な情報が得られるのですが、反面、接近し過ぎると、術者自身の鉗子が見えなくなり、かえってやりにくくなるのです。
そのため、『術者の鉗子先端が見えつつ、可能な限り接近する』のが正解です。
ある程度好みの個人差がありますが、目安としては、鉗子の開閉部だけでなく、その付け根のシャフトも少し見える程度が標準的です。シャフトに刻印されている企業の名前がチラチラ見えるくらいです。
視野の水平を保つ
視野は常に水平を維持するように心がけます。
両手で体の正面でカメラを持っている限り、水平が崩れることはまずありません。
水平が崩れる場面は大体決まっていて、『左右にパンした時』と、『助手が無理な姿勢でカメラを持ったまま長時間近景を維持している時』の2つです。
カメラをパンさせた時に水平が崩れることは、小学生男子が好きな女の子に意地悪するくらいよくある、初心者カメラ持ちあるあるです。
スコピストの立ち位置とカメラの挿入ポートの2点は通常固定されています。
そのため、単純にカメラを左右に振るだけでは、人体の構造上、自然に前腕の回内・回外や発生し、カメラの軸も回転して水平線がおかしくなります。
若干無理な姿勢ではあるのですが、手首の屈曲・伸展をうまく使って、常に水平な視野を保持するように注意しましょう。
これが初心者には難しいのですが、トリックさえ知っていれば断然早く習得できます。
さらにそのまま手首を屈曲(もしくは伸展)させたまま近景を維持し続けると、大抵の初心者カメラ持ちの場合は水平が崩れます。
慣れたカメラ持ちであれば、近景の視覚情報だけでも水平を補正できます。
しかし、どこに何の臓器が見えているのかさえ分からないような初心者だと、腹壁まで見えない状況下で手首まで無理に曲げさせられると、水平を維持し続ける方が難しいです。
筆者自身は、慣れない頃は、一瞬手元を見て、アングルレバーがちゃんと真上に向いているか目視で確認して補正していました。
曇りのない視野を保つ
カメラのレンズが曇ると、得られる視覚情報のノイズが激増し、安全な手術ができなくなります。
曇った視界のまま操作を続けていたら、内視鏡外科技術認定医の試験は確実に落ちます。
曇る原因としては、主に2つ。
1つ目はカメラと体内の温度差による結露です。
そして2つ目は、電気メスや超音波凝固切開装置などで組織を焼いた時に発生するミスト(飛沫)の付着です。
1つ目の結露の対策としては、手術開始直前にカメラを熱湯で温めておくことと、曇り止めを適切に塗布することです。
2つ目のミストの付着は不可避なので、曇ったら適宜清拭することで対応します。
ひと工夫するならば、超音波凝固切開装置をアクティベートする時には、2〜3cmカメラを引くことです。
ちなみに、カメラを拭いてもらう時には、術者は手を止めなければならないため、短気な術者はイライラします。
カメラが壊れない程度に素早く動きましょう。
カメラの抜去は1〜1.5秒くらい、挿入は1.5〜2秒くらいでできると良いです。
ちなみに、ミストの汚れは油汚れなので、しっかり拭かないと油膜が取れず、キラキラした夢の中のような映像になります。
焦点を合わせる
これは最近のカメラの場合は勝手にやってくれるので、あまり気にしなくて大丈夫かもしれません。
昔のカメラだと、フォーカスを合わせる捻りがありました。
しかし、今は大抵の場合オートフォーカスです。
ハレーションの防止
ハレーションとは、光がレンズに入り込むことで起こる、画面の一部がぼやけてしまう現象です。
腹腔鏡手術では、主に、ライトの光が真っ白なガーゼに反射することで発生します。
(鉗子や臓器の反射光で起こることも稀にある)
対策としては、緑色のガーゼを使用したり、ガーゼの場所をズラしてもらったりします。
coaxial viewに近づける
ここでいうcoaxialとは軸が合っているということです。
先に結論を述べると、カメラを、術者の2本の鉗子の間に位置させることで達成します。(下図の左がcoaxial)
以下に詳しく解説します。
腹腔鏡手術で軸が合っているという時に、何の軸が合っているかというと、以下の3つの軸です。
- カメラと術野との軸
- 術者の顔の向きとモニターとの軸
- 術者の体幹と術野との軸
通常の開腹手術では、なるべく解剖学的な基本肢位に近い姿勢で行なわれます。
術野と、視線・顔の向き・体の向きは自然と平行に近い位置になります。
この状態が、coaxialな状態=軸が合った状態です。
こうすると、脳は余計な位置覚の補正をしなくても済むため、手指を最大限に精確に動かすことができます。
逆に、軸が合っていなければ、脳は、感覚刺激をcoaxialな状態に補正してから判断し、軸が合っていない状態での運動命令に補正して運動神経を作動させる必要があるため、作業効率が大幅に低下します。またエラーも増えます。
ちょうど、メモリに余裕があってサクサク動くPCと、イチイチ止まる重たいPCのようなものです。
ぜひ術者にはサクサクPCで作業させてあげましょう。
ラパロの難しい原因のひとつは、顔の向きの軸と視線の軸が別のところです。
これはカメラと目の位置が違うから起こる現象です。
そうであれば、カメラを本来の目の位置に近づけてあげましょう。
具体的には、術者の2本の鉗子の間にカメラを位置させるのです。
物理的に不可能な時もありますが、それでも横から見るより、正面に向かって見る状態に極力近づけてあげましょう。
とくに縫合・結紮の時には極力coaxial viewにするべきです。
鉗子との干渉を避ける
狭い腹腔内ですが、他の鉗子と干渉しないように注意します。
とはいえ、干渉しにくいようにセットアップされたポート配置なので、常に気にする必要はありません。
意図せず急にカメラが動いたり、行きたい場所にカメラを動かせない時に、他の鉗子と干渉している可能性を考えられればOKです。
何か変だな、と思ったら、術者に一声かけつつ、ひとまずそろーっと遠景まで引いてみて状況を確認しましょう。
『困ったら引く』は覚えておいた方が良いカメラ助手のキーワードです。
術者と対話する
一番大切なのはコミュニケーションです。
そして一番厄介なのもコミュニケーション…。
術者の思考を読むことができれば最高ですが、熟練したチームでなければ難しいです。
多くの術者が、ある程度カメラ持ちに自分で考えて動いて欲しいと思っています。
しかし、断り無しに勝手に動くことは嫌がられます。
ある程度、パターン化された動きがあるので、それを踏まえつつ、適度に確認を取りましょう。
- 『カメラ、拭いていいですか?』
- 『カメラ、入ります』
- 『カメラ、抜きます』
- 『寄りま〜す』
こんな感じで確認を取りながら、そろりそろりとカメラを動かしていきます。
もちろん、最低限の挨拶やありがとうやごめんなさいの大切さは言わずもがなです。
外科手術におけるコミュニケーションの大切さについてはこちらのnoteでも書きましたのでご覧ください。
基本操作の練習方法
知識についてはここまでの内容で概ねカバーされているはずです。
あとは実践あるのみ。
自転車と同じように、いくら頭で理解できても、実際に練習しなければ身につかないのが現実です。
良い方法を見つけたので紹介します。
ドライボックスでの練習
こちらの文献に良い方法が紹介されていました。
ドライボックスを使って自分で術者とカメラ持ちを同時にやるという練習です。
右手で術者として縫合操作、左手でカメラ持ちとしてカメラ操作を行うようです。
術者の気持ちが分かると、カメラワークが抜群に上達します。
自身が患者になったことがある医師が、患者さんに優しいのと似ていますね。
Amazonでもドライボックスは購入できます。
実際に術者をやってみる
究極の練習はこれです。
術者の気持ちが本当に良く分かります。
見たいところがどこか?
何を考えて手術しているか?
こういうことが分かると最強のカメラ助手になれるでしょう。
まとめ
最後に、再びこの記事の内容のまとめです。
ラパロのカメラを操作する時のコツとして、
たったこれだけを意識するだけで、断然術者から好かれるカメラ持ちになれます。
慣れるまでは大変ですが、困ったらこの記事の内容を思い出して下さい。
筆者からのお願い
みなさんとのコミュニケーションが私のモチベーションです!
ぜひ気軽にコメントください。
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参考
https://www.medicaltown.net/urology/product/laparosystem/visera-elite/
http://nihombashi-mc.jp/column/endoscope/endoscope-gastroscope.
https://tackleoff.com/spinning-rod/
https://esse-online.jp/articles/photo/11652?pos=4
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsgoe1985/24/2/24_2_425/_pdf/-char/ja
https://camera-beginner.sakura.ne.jp/wp/?p=669
https://www.kawamoto-sangyo.co.jp/products/2985/
https://www.vetfolio.com/learn/article/equine-laparoscopy-equipment-and-basic-principles