ラパコレ(腹腔鏡下胆嚢摘出術)の後には、肩の痛みが起こることがしばしばあります。
横隔膜辺りの刺激の影響らしいのですが、教科書にはイマイチ詳しい記載がないのが現状です。
そこで今回はラパコレ後の肩の痛みについて調べてまとめてみました。
この記事では、
こんな悩みを解決します。
はじめに結論のまとめです。
この記事では、ラパコレを始めとした腹腔鏡手術に伴う肩の痛みについての情報をまとめました。
この記事を読むと、腹腔鏡手術後の肩の痛みについての知見が深まり、より良い診療ができるようになります。
ぜひ最後までお読みください。
ラパコレ後の肩の痛みの原因
ラパコレ(腹腔鏡下胆嚢摘出術)の後には、肩の痛みの主な原因と言われているものは、『横隔膜の刺激による関連痛』です。
その刺激をきたす因子として、以下の3つが主に挙げられます。
- 横隔膜の伸展刺激
- 横隔膜の急速な冷却
- 炭酸ガスによる局所的アシドーシス
横隔膜が刺激されると、横隔神経が刺激されます。
横隔神経は横隔膜の運動神経・感覚神経や交感神経を含みます。
横隔神経は主にC4から起こり、C3やC5からも補助枝が出ています。
横隔神経の刺激が伝わると、関連痛が生じ、C4領域を中心としたC3〜5の領域の痛みを感じます。
デルマトームによると、その領域は、肩や首辺りになり、ラパコレ後の疼痛が生じる部位に一致します。
伸展刺激や冷却刺激が横隔神経を刺激するのは直感的にも分かりやすいと思います。
CO2に関しては以下のような記載があります。
気腹にCO2ガスを使用した研究では、腹腔内pHが手術直後は6.0であり、
手術後1日目と2日目にそれぞれ6.4-6.7と6.8-6.9に上昇する。
ほぼ中性の範囲ではあるものの、気腹によりアシドーシスが起こることが分かります。
ただ、吊り上げ法など、気腹せずに行う手術でも肩の痛みが出ることもあり、CO2がどれほど影響しているのかは不明です。
ラパコレ後の肩の痛みの発生率
報告によって大きなばらつきがあります。
ざっとリサーチしただけでも、10〜60%くらいと大きな幅がありました。
大規模な質の高いリサーチがないので、詳細は不明ですが、わりと高頻度の合併症であると推測されます。
ラパコレ後の肩の痛みの危険因子
リスクとして挙げられるものは以下の通りです
- 痩せた体型(BMI低値)
- 高い気腹圧
- 急速な気腹
- 手術部位
- 長い手術時間
ラパコレ後の肩の痛みが、横隔膜の伸展や、気腹に用いるCO2による局所的アシドーシスだとすると、いずれもある程度納得がいくと思います。
以下でそれぞれ深掘りしてみます。
痩せた体型
痩せた体型、すなわちBMIが低いことは、かなり確からしい痛みの発生のリスク因子です。
いくつかの文献でBMIが低い(痩せ)ほど、肩の痛みの発生率が高く、BMIが高い(肥満)ほど肩の痛みの発生率が低いことが示されています。
しかも、BMIが低いほど、肩の痛みの程度も強くなるようです。
この説明として、以下のことが挙げられます。
- 痩せた体型だと、肥満体型よりも気腹時に横隔膜が伸びる
- 痩せた体型だと、横隔膜下に広い空間ができるので、術後もCO2が溜まりやすい
実際、写真を見てみると、痩せた人は気腹時の空間が圧倒的に広いことが分かります。
左は痩せ体型、右は肥満体型。痩せ体型の方が空間が広い
高い気腹圧
気腹圧が高いと、その分横隔膜が伸ばされるので、肩の痛みの発生率や程度が悪化しそうな気がします。
ただ、統計学的にはあまり確からしいものではなさそうです。
データ的には、『8mmHgと12mmHgだと8のほうが肩の痛みが少なく、程度も軽い』というものもあれば、とくに差がないというものもあり、結果はバラバラで矛盾していました。
急速な気腹
これも、統計的な裏付けは乏しいですが、ありえるリスクかな、と思います。
そもそも感覚神経は、状態の変化を鋭敏に感知します。
それに対して、同じ状態が続いていることに対してはかなり鈍感です。
急激な冷却や伸展による強い刺激が、横隔神経を強く刺激すれば、その分だけ関連痛も強くなる可能性はあります。
ただ、状態変化の刺激は通常は長続きしません。
術後数日持続するラパコレ後の肩の痛みの直接の原因としてはやや論理性に欠けるかとも思います。
手術部位
噴門形成(fundoplication)など、食道裂孔や横隔膜脚辺りを操作する手術の場合は痛みが発生しやすいようです。
横隔神経の感覚神経は、腱中心に主に分布しているためです。
長い手術時間
手術時間は関係あるのかないのか不明ですが、リスク因子の候補にはよく挙げられます。
もし、痛みの原因がアシドーシスだとしたら、術後も気腹用のCO2は2〜3日は腹腔内に残るので、手術時間というわずかな差で痛みに大差が出るとは考えにくいかと思います。
ラパコレ後の肩の痛みの経過
通常は、手術直後にはあまり目立たず、手術翌日から顕在化してきます。
その後数日で自然に軽快します。
1週間以内に軽快することが多いものの、2〜3週間持続することもあり得ます。
ラパコレ後の肩の痛みの治療
調べた限りでは、
- 低圧での気腹
- 予熱しておいたガスによる気腹
- 痛みが生じる前の抗炎症薬投与
- 術中の横隔膜への局所麻酔薬注入
- 術後ドレーンによる脱気
- 横隔膜下吸引
などがありました。
ただし、いずれも明らかに有効とはいえなさそうです。(エビデンス的に弱い)
術中に、重曹(メイロンなど)で横隔膜下をよく洗浄するのも効果があったようですが、信憑性は定かではありません。
最も効果があるのは『待つ』ことです。
時間さえ経てば、必ず自然に軽快してきます。
他には、温罨法(おんあんほう)やマッサージによる苦痛緩和もそれなりに効果はありそうです。
ハイリスク群である痩せた患者さんには、なるべく低圧(8mmHg)で気腹し、可能ならなるべく速やかに手術を終えるというのは取り組む価値が十分ある対策です。
あとは肩の痛みが発生したら、マッサージや温めるなどのリラクゼーションを行いつつ、治るのを気長に待つ他にはなさそうです。
(脱気目的のドレーン留置は推奨されないのでご注意を)
まとめ
最後に、この記事の内容のまとめです。
- ラパコレなどの腹腔鏡手術後に肩甲骨先端辺りの鈍痛を感じることがある
- 神経解剖学的な発生機序としては、横隔膜の刺激による関連痛
- 横隔膜の刺激の原因として、『機械的な伸展刺激』『冷たい気腹ガスによる冷却刺激』『気腹に用いるCO2による化学的刺激』などが考えられている
- 痛みを生じる危険因子として、痩せていること(BMI低値)が最も有力。
- 典型的な経過では、手術翌日から顕在化し、数日で自然軽快する。ただし、個人差が大きい。
- 治療にはエビデンスレベルが高いものが乏しい
今後の診療のお役に立てれば幸いです。
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参考
http://www.miyazaki.med.or.jp/ken-ishikai/kaishi/kaishipdf/390103.pdf
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4692943/
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20701547/
https://www.nature.com/articles/s41598-021-92762-3