この記事では、
こんな疑問に答えます。
はじめに結論のまとめです。
早期発見される胃癌が増加し、長期予後が重視されるようになってきました。
幽門側胃切除後の再建法を選ぶ時には、癌の根治性と、術後のQOLとのバランスがとれるように、術前・術中によく相談する必要があります。
この記事を読めば、その時のディスカッションを有意義なものにできるようになります。
ぜひ最後まで読んでみて下さいね。
- 1 この記事では、
幽門側胃切除術後の主な再建法
最も頻繁に用いられるものとして、医師国家試験レベルでも知っておくものは3種類です。
すなわち、以下の3つですね。
- ビルロート1法(B1 : Billroth I)
- ビルロート2法(B2 : Billroth II)
- ルーワイ法(Roux-en-Y:RY法)
以下では、上記の主要な3種類の再建方法についてメリットやデメリットなどをまとめていきたいと思います。
ビルロート1法(B1:Billroth I)とは
ビルロート1法(Billroth I :BI)とは、胃切除後の消化管再建法のひとつで、残胃と十二指腸とを吻合する方法です。
「びーわん」・「びーいち」などと略して呼ばれることが多いです。
1881年にBillrothによって初めて行われました。
日本や韓国などのアジアでは頻繁に行われる方法ですが、欧米では一般的にはあまり使用されません。
欧米では、進行癌が多く局所再発のリスクが高いといわれることや、高度肥満者が多く緊張なく吻合するのが難しいことなどが避けられる理由です。
ビルロート2法(B2:Billroth II)とは
ビルロート2法(Billroth II :BII)とは、胃切除後の消化管再建法のひとつで、残胃と第1空腸ループとを吻合する方法です。
「びーに」・「びーつー」などと略して呼ばれます。
1885年に初めて報告され、ビルロート1法の吻合部に緊張がかかるという弱点が克服されました。
ルーワイ法(Roux en Y:RY法)とは
ルーワイ法は、胃切除術後の消化管再建法のひとつで、空腸を離断し、空腸の肛門側断端を挙上して残胃と吻合する方法です。
離断された空腸の口側断端は、挙上空腸脚の側壁と吻合され、胆汁や膵液の通路が確保されます。
再建後の消化管がY字型になることが特徴です。
「ルーワイ」と呼ばれます。(アールワイでも良さそうだけど、アールワイという人はいません)
ただし、Rouxさんはフランス人なので、マジメにフランス語で読むならルー・アン・イグレックとなります。
ルーワイ法(Roux-en-Y:RY)は、1883年にWoelflerによって初めて報告され、その後,1893年にC.Rouxによって広められました。
『ルー先生によるY字型の吻合』というのがルーワイの名前の由来です。
ビルロート1法(Billroth I)のメリット
シンプル
真面目に議論はされませんが、現実的な最大のメリットはシンプルさなのではないかと思います。
吻合がひとつだけで済む。分かりやすい。
手術時間も短くて少し楽。
手術する側からすると最高です。
胃切除は、わりと時間がかかる手術です。
開腹で、郭清をほとんどしない場合でも2〜3時間、腹腔鏡で郭清までちゃんとやると5〜6時間くらいです。
疲れてくる後半の吻合で、複雑なことよりもシンプルな方が好まれるのは自然の摂理です。
また、常に不確実性が伴う手術において、シンプルなことはリスクを減らすための強力な武器です。
術後でも胆管にアプローチ可能
術後にERCPが可能なことはビルロート1法のメリットのひとつです。
ERCPというのは、内視鏡的逆行性胆管膵管造影(endoscopic retrograde cholangiopancreatography)のことで、内視鏡を使って胆管・膵管を造影する検査です。
一般的には、さらにステントを入れたり、生検をしたりする処置も含めてERCPと呼びます。
残胃と十二指腸がつながっているので、ほぼ通常通りERCPが可能です。
胃癌の播種で胆管が狭窄したり、数年後に肝胆膵に他疾患が疑われたりすることはしばしばありえます。
後々に肝胆膵の検査や処置が必要になった時のことを考えておくと、ERCPができることはメリットだと思います。
食物の通路が自然
食物が十二指腸を通過するということは、以下のようなメリットにつながるかもしれません。
- 初回の食事や便通までの期間が短い
- 入院期間が短い
早く食事を摂れて、早く元気になるかもしれないということですね。
ERAS(Enhanced Recovery After Surgery; 術後の回復強化)が一気に流行りましたが、早期経口摂取の正常化は重要項目のひとつです。
早く食べられるし、早く家に帰れるので、術後早期の体重減少が少ないという意見もあります。
ビルロート1法(Billroth I)のデメリット
残胃の大きさが小さいと不可能
手術する側からすると、これが最大のデメリットです。
胃の三分の一は残っておいて欲しいところです。
ただし、残胃の大きさは腫瘍の位置と癌の病期によって規定されるので、ビルロート1法をしたいがために残胃を無理に大きく残すことは避けるべきです。
最悪の場合は断端再発や吻合部再発をきたします。
胆汁逆流
幽門側胃切除では、幽門がなくなるため、十二指腸からの逆流が起こります。
胸焼けが起こる頻度はルーワイより有意に多くなっています。
とくに、もともと逆流性食道炎がある患者さんにはルーワイにした方が無難です。
逆流性食道炎は、胃切除後のよくある症状のひとつですが、多くは1年ほどで軽快してきます。
ビルロート2法(Billroth II)のメリット
手技が簡便
吻合が1か所だけですので、ビルロート1法と同じくビルロート2法も楽です。
ただし、もしブラウン吻合という、胆汁の逆流を予防するための吻合を追加する場合は吻合が2か所になってしまいます。
残胃の大きさに制限なし
ビルロート1法のように、残胃が小さいとできないということはビルロート2法にはありません。
縫合不全が少ない?
ビルロート2法は側々吻合なので、吻合部の血流が良好です。
吻合部に緊張もかかりにくいため、縫合不全は少ない印象です。
高齢者や動脈硬化が強い症例など、縫合不全が心配な場合には適しているかもしれません。(ただし、これはルーワイも同じ)
ビルロート2法(Billroth II)のデメリット
胆汁逆流が多い
胆汁逆流による残胃炎がビルロート2法の最大のデメリットです。
胆汁や膵液が残胃に流れ込んでくるため、残胃炎が起こります。
また、残胃癌のリスクが高い可能性も疑われています。
胆汁逆流については、吻合部の輸入脚側を吊り上げて狭くすることで抑制しますが、それでもなくなりはしません。
さらにブラウン吻合を追加することで、いくらか軽減はされます。
ただ、ブラウン吻合をおく場合は、吻合が1か所増えるという手間がかかったり、ブラインドループ症候群のリスクが発生するので、『じゃあ、結局ルーワイで良いんじゃないの?』という結論になります。
輸入脚症候群
輸入脚症候群とは、吻合部狭窄や食物が輸入脚側に迷入することにより、輸入脚の圧が異常に高まる合併症です。
輸入脚の腸閉塞という理解が分かりやすいです。
通常は、腸閉塞を起こすと、嘔吐により減圧されるのですが、輸入脚は十二指腸が閉鎖されています。
そのため、通常ではあり得ないほどの圧の上昇が起こり、逆行性胆管炎による敗血症や、十二指腸の壊死・破裂・穿孔などで、急激に悪化することもしばしばあります。
急性虫垂炎発症から穿孔を起こすのと同じくらいのスピード感です。
とくに、播種などで輸入脚が閉塞するとかなり悲惨です。
自分も、播種によって輸入脚症候群を起こし、腹痛発症から24時間ほどでCPAになった症例を経験しました。
忘れもしない胃カメラでステント挿入トライ中のコードブルー…悲しかった…
十二指腸断端の破綻
十二指腸断端の血流が悪かったりすると、周術期に、断端が破裂してリークすることがあります。
たいていはチョロ漏れなので、膿瘍化したところでドレナージすれば対処できることがほとんどです。
十二指腸断端のステープルラインを埋没して内反すれば予防できるという説と、大して補強に意味がないという説があり、矛盾しています。
補強の有無より、断端の血流の温存の方が大事かな、と個人的には思います。
ルーワイ法(Roux-en-Y)のメリット
胆汁逆流が少ない
残胃と挙上空腸の吻合部から、Y脚の吻合部までは40cmほどあります。
そのため、胆汁が逆流してくることはほとんど心配要りません。
胆汁の逆流が少ないため、残胃炎や逆流性食道炎も少なくなります。
残胃炎などによる胸焼けの症状が少ないためか、術後1年経つとビルロート1法より食事量が多いとも言われます。
もともと逆流性食道炎がある場合や、長期的な生存が見込める場合には、ルーワイはオススメです。
残胃の大きさに制限なし
胃全摘でも亜全摘でも、問題なく適用可能です。
さらに、残胃がある程度大きければ、残胃と挙上空腸との吻合は、オーバーラップでもファンクショナルでも可能です。
糖尿病の改善効果があるかも??
耐糖能異常がある症例では、ルーワイにすることでHbA1cが改善するかもしれないということが言われています。
ただし、これは再建方法というよりも残胃の大きさの差が影響した可能性もあり、まだ確定的ではありません。
ルーワイ法(Roux-en-Y)のデメリット
術式が複雑
吻合が2箇所になるので、ビルロート1法よりは手間がかかります。
その分手術時間も長くなります。
慣れたら耐えられる範囲の手間ではありますが、ちょっとめんどくささは感じます。
胃からの排出遅延/RY stasis syndrome(ルーワイ・スターシス)
RY stasis syndrome(ルーワイ・スターシス)といわれるルーワイ特有の胃内容排泄遅延が起こることがあります。
挙上空腸脚が、自然な小腸の蠕動運動のペースメーカーから分離され、うまく蠕動できなくなるために、胃から食物が流れていかなくなります。
腹痛や嘔吐などの症状が見られます。
このルーワイスターシスは10%ほどの症例で発生すると言われます。
自分も以前ひどいスターシスをきたし、1か月も経鼻チューブや中心静脈栄養で頑張ってもらった症例を経験しました。
何回造影しても、毎回全然ガストロが流れないし、まだダメか…と何度も患者さんと一緒に悩んだ思い出があります。
その方は一年くらいして、標準体重を維持できるくらいまで食べられるようになりましたが、一時、70kg台から56kgまで体重が減りました。
アンカットルーワイ(ナイフなしのステープラーを用いて、小腸を切らずに閉鎖するだけのルーワイ)であれば、ルーワイスターシスを減らせる可能性があるので、良かったら試してみて下さい。
アンカットルーワイは、ビルロート2法とルーワイの良いとこどりみたいな再建法ですね。
術後のERCPが非常に困難
ルーワイ法で再建すると、術後のERCPが非常に困難になります。
自分もダブルバルーン内視鏡を使って、頑張ってもらったことはありますが、普通は消化器内科の医師には『ルーワイ後は、正直かなり厳しい…』と言われます。
ルーワイで再建する場合は絶対に胆嚢を摘出しておくようにして下さい。
胆嚢摘出は、断端の術中迅速を待ってる時間に取れるので、必ず実施しましょう。
内ヘルニア(Petersen ヘルニア /ピーターセン・ヘルニア )
ルーワイ法では、ピーターセン・ヘルニアと呼ばれる特有の内ヘルニア が起こりえます。
Petersen ヘルニアとは、挙上空腸脚の腸間膜と横行結腸間膜との隙間(Petersen’s defect)がヘルニア門となり、そこへ腸管が嵌入するという内ヘルニア です。
Petersen ヘルニアは、外科医にとっては常識なのですが、珍しい疾患であり、なおかつ病態のイメージも難しいため、他科の医師が診断することはかなり困難です。
というわけで、予防に努めるのがベストです。
挙上空腸脚の腸間膜と、横行結腸間膜との隙間(Petersen’s defect)を確実に縫合閉鎖しましょう。
また、もう1箇所、離断した空腸の腸間膜欠損部(下の画像の1番)も、内ヘルニアの原因となり得るため、縫合閉鎖しましょう。
まとめ
ビルロート1法とルーワイ法は一長一短で、全体としては同等と考えられるようです。
基本的にはルーワイをするつもりにしておいて、残胃の大きさに余裕がある症例であればビルロート1法を考慮するというのが現実的なチョイスかなと考えます。
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参考
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25861522/
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5976285/#!po=39.2857
https://sp.m3.com/clinical/news/895272?#